徒然と。

人の価値とは「どれだけ普通の人達と差があるか」だと思う。

憧れ、羨望と言ってもいい。

人は自分ができないことに対して価値を見出す生き物だ。

例えばスポーツ選手。

自分には到底マネのできない身体能力、長期間の努力が憧れとなり、羨望の的となり、結果的に人を魅了しそこにお金が生まれる。

例えばYoutuber。

自分たちにもできそうだけれどもマネの出来ない時の運を手に入れた者、エンターテイメントを提供し続ける者、そんな人達が注目される。

例えばゲームクリエイター。

例えば弁護士。

例えばプロブロガー。

みんな「何も成していない人」にとっては天と地ほどの「差」がある人達である。

自分たちとは違う。

だから見ていたい、話を聞きたい。

お金を払って応援したい。

そんな思いにかられる。


ブログでの稼ぎ方ではよく他の人の問題を解決することで報酬を得られるのだと書かれている。

これも「差」の話だ。

問題を抱えている人と、問題の解決方法を知る人、そこには大きな差がある。

その「差」が大きければ大きいほどお金になるチャンスがある。

つまり問題が大きければ大きいほど、解決方法が劇的であればあるほどお金になる。

でも時々、差が大き過ぎる時がある。

高いところにいる人達にとって、低い人達に目線を合わせるのは難しい。

目線を合わせているようでいて、どこかピントがずれていることがある。

もちろん、その高さで目線がバッチリあっている人には効果てきめんだ。

でも目線を合わせられなかった、もっともっと下の人達がいる。

そんな人達に目線を合わせられるのは、ちょっとだけ「差」のある人達。

私たちのような「まだ何も成していない」けれど「何かを成そうとしだした」人達である。

まだ踏み出していない人に比べて、1歩だけ、10歩だけ踏み出した人達。

先を見ると10万歩とも100万歩とも判別つかない距離にいる高みの人。

そんな人達に近付きたいと踏み出したばかりの人達。

近くにいるからこそ目線が合う。

手を伸ばせば触れられる距離にいる。

そういう人たちが、まだ始められていない人達の一歩を後押しできる。

もしくは1歩目から進まない人を引っ張って上げられる。

万歩を歩いた人は魅力的で大きな力を持っている。

でもそんな人達でも、最初は1歩目からだった。

追いつこうと走り出してもいいだろう。

ゆっくりと歩き続けてもいいだろう。

歩みを止めさえしなければ、追いつけないかもしれないけれど、確実に近づくことはできるはずだ。


1歩目は差が小さくても、100歩あるけばそれなりに違って見える。

千歩もあるけば随分違った景色が見えるだろう。

そして道は一つじゃない。

人間社会には色んな道が広がっている。

道が多すぎてほとんど0歩目で立ち止まっている状態だ。

どの道を進むのかは自分が決めればいい。

沢山の人が歩いている道でもいい。

誰も歩いていない道でもいい。

沢山の人が歩いている道は歩きやすい。

歩きやすい分、他の人に教えることはあまりないかもしれない。

誰も歩いていない道は歩きづらい。

自分で道を切り開くしかないし、どこまで続いているかもわからない。

でも後から続いて来ようとする人がいれば、いろんなことを教えてあげられる。

横道にそれたっていい。

歩きやすい道を少し外れた場所は、誰も通っていない道かもしれない。

我が道を作ると謡い、そこを拓いていくのもいいだろう。

道は無数にある。

一本に見えて何本にも枝分かれしている。

歩くことで色んな景色が見えてくるだろう。

でも、止まっていたら見えない。

まずは一歩 歩き出そう。

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